遠州横須賀凧職人 〜 未来を彩る500年の風 〜

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静岡から愛知にかけて、広大な海岸線が続く遠州灘。一年を通して強い風が吹きつけるこの土地で、独自に育まれてきた文化がある。

遠州横須賀凧。

竹の骨組みに和紙を張って作られる、日本ならではの和凧だ。

祝い事に使う熨斗(のし)や、生き物を模したものまで、個性豊かな凧の数は12種類にも及ぶ。

遠州横須賀凧が生まれたのは、静岡県掛川市・横須賀地区。この地で凧が作られ始めたのは500年ほど前だ。戦国時代に、敵の陣地の測量や通信手段として利用されていた。

そして江戸時代、近くに東海道が走るこの地には、多くの文化が江戸から伝わるようになった。その中の一つが、娯楽としての凧だった。

そのため遠州横須賀凧には歴史的特徴が多く残されている。例えば、巴(ともえ)という凧は、この地で戦った徳川家と武田家をテーマにした凧だ。また、「べっかこう」は舞台役者の顔を模して作られたという。

このような個性的な凧は地元の人々に愛され、明治から昭和にかけては出産などの祝い事の贈り物として使われていた。

こうして地元に根付き発展してきた遠州横須賀凧だが、今では凧揚げができる場所も減り、作り手もほとんどいなくなった。

技術を継承する職人はたった2人。この地で生まれ育ち、幼い頃から凧に魅了されてきた石川昇(いしかわ のぼる)さん。

そしてもう一人が、石川さんの孫、遠州横須賀凧職人 石川隼大(いしかわ はやた)さんだ。

隼大さんは小さい頃から凧が好きで、作ったり揚げたりしていたという。二十歳の時に、遠州横須賀凧職人の道を歩み始めた。

「祖父の後に凧を作る人がいない」──。このことがきっかけとなり、「500年の歴史のあるものなので、祖父が生きているうちに教えてもらって、自分でも作れるようにしたいと思った」のだそうだ。

本格的に修業を始めて7年。12種類ある遠州横須賀凧を全て作れるようにはなったが、まだまだ祖父の背中は遠いという。

「祖父の作品がすごすぎる」と隼大さんは目を細める。「表から見ても裏から見てもキレイなのが憧れで、そこを目指して作っている段階です」とも話してくれた。

今、隼大さんが制作している凧は、先が尖り、細長い「とんがり」。これまで小さなものは作ったことはあるが、人の背丈ほどの大きさのものは初挑戦だという。

祖父と孫の二人が、二人三脚で遠州横須賀凧の500年の歴史を紡いでいく姿を追った。

続きは、ディスカバリーチャンネル放送から。

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Text by Discovery編集部

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