【明日への扉】小石原焼 陶工 〜 笑顔を呼ぶ 用の美を求めて 〜
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福岡県のほぼ中央にある、東峰村。
標高500メートルを超えるこの山間の村に、350年間暮らしと共に受け継がれてきた焼き物がある。

小石原焼(こいしわらやき)。日常使いの器として多くの人に親しまれ、発展してきた。
小石原焼の始まりは江戸時代、筑前福岡藩の三代藩主・黒田光之がこの地で磁器を焼かせたことが起源とされている。
磁器づくりは一時途絶えたものの、同じ地で茶陶を手がけていた高取焼との交流を通して、やがて陶器づくりが始まった。大物づくりに適した土の利点を活かして、生活を支える、分厚く頑丈な荒物がつくられるようになった。
そして昭和初期に小石原焼に大きな転機をもたらしたのが、柳宗悦を中心に広がった民藝運動だ。
彼らが提唱したのが、日用品に宿る美「用の美」。小石原焼は、用の美を体現する器として注目を集めた。

その象徴が、飛び鉋と呼ばれる模様だ。ろくろを回しながら刃先を弾ませ、 独特の音と共に模様を刻む。
実は、この技法が広がったのは民藝運動と同じ昭和初期だった。時代と使う人に寄り添い、新たな技を取り入れ、進化し続ける──それが小石原焼なのだ。
そして今、小石原焼の技と精神を受け継ぎ、次の時代へ繋ごうと修業を重ねる若者がいる。

小石原焼陶工、梶原匠太朗(かじわら・しょうたろう)さん。
匠太朗さんは、300年以上続く窯元を受け継ぐために、父である梶原日出(かじわら・ひづる)さんのもとで日々技術を磨いている。
この道に入って5年。父からみれば、まだまだひよっこだ。
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「まだまだですね。まだ引き出しがない」と日出さん。そして、「今はもうつくるしかないんじゃないかな。回数をこなさないと、うまいこといかない」とそっと背中を押す。
一方で、匠太朗さんは「自分の感覚ではまだスタートラインにも立てていないのかな」と謙虚だ。そして、「少しずつでも(父たちに)近づくためには、ひたすらにやるしかない」という決意のもと、一心不乱に土と向き合っている。

小石原は、40歳以下の若手陶工が多いのも特徴だ。
若手たちは青年部を結成し、日頃から作業を手伝うなど積極的に交流を重ね、互いの技を高め合っている。
そして青年部の活動の一つが、年に一度行われる登り窯の研修だ。
匠太朗さんは、そこで焼く作品として、これまで作ったことのないすり鉢を選んだ。先輩と共に成長するために、認められる実力をつけたい。すり鉢づくりも、その一歩だ。

匠太朗さんの挑戦の日々を追った。
続きは、ディスカバリーチャンネル放送から。
~at home presents明日への扉~
ディスカバリーチャンネルにて毎月第3木曜日 19:30~20:00、再放送は翌々週の日曜日 08:30~09:00に放送中
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Text by Discovery編集部