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Credit : Rama, CC BY-SA 3.0 fr

1万年前から行われてきた、頭に穴を開ける穿頭術の謎

2018.03.07

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頭蓋に穴を開けることは、トレパネーション、もしくは穿頭術として知られる。古来より行われてきたこの穿頭は「偏頭痛の手術」だという話を聞いたことがある方もおられるかもしれないが、それが何のために行われてきたのかについては、実は未だ謎が多いのだ。

現代で穿頭に近いものは開頭術と呼ばれる手術で、診査手術や、デブリードマンと呼ばれる死んだ組織や感染した組織を取り除いたりする処置、頭蓋内の圧力を下げるために行われる。穿頭と大きく違うのは開頭術では頭蓋を元に戻すが、穿頭術では頭蓋に穴が開いたままという点だろう。このように現代の外科手術にも通ずる穿頭術は、実は古くは紀元前1万年前の北アフリカでも行われていた、非常に古くから存在する手術法なのだ。

古代の穿頭術

この穿頭術は、古来よりアフリカ、ヨーロッパ、南アメリカ、南太平洋など様々な地域で行われてきたことが、発掘された骨から判明している。1870年代にはフランスの医師で人類学者ピエール・ポール・ブローカが、先コロンブス期のペルーで見つかった古代の頭蓋骨や、それよりも古いフランスの頭蓋骨からは、穿頭術が生きている間に施されただけでなく、頭蓋骨に治癒の痕跡が見られたことから術後に生きていたということもわかった。また、複数回穿頭術を受けたとみられる複数の穴の開いた頭蓋骨も見つかっている。

mind_flossによれば、このような先史時代の穿頭術では、ペルーでは儀式用のナイフ「トゥミ」(Tumi)が用いられ、南太平洋では尖らせた貝殻、ヨーロッパでは燧石と黒曜石が用いられて頭蓋に穴を開けている。ヒポクラテスの学校では穿頭器、トレフィン・ドリルが開発され、これによりドリルのように頭蓋に穴を開けた。

何のために穿頭術が施されたか

古代ギリシャなどでは、圧力を下げるためや、一部には負傷して頭蓋骨が砕けた破片を取り除いたりするために頭に穴を開けたことが判明している。紀元前400年頃のポクラテスや紀元後100年頃のガレノスはありがたいことに著書に穿頭について記している。しかし太古の穿頭術の形跡のある頭蓋骨の中には、そのような怪我の痕跡が無いものも見つかっている。このようなものは、文献が見つかるか、その遺骨から明確な理由がわかるかしない限り、なぜ穿頭手術がなされたのか探るのは困難だ。

しかしその後今にもまことしやかに語られる「穿頭術は片頭痛を治すために行われた」という話はどこからでてきたのだろうか。スミソニアンによれば、この原因となったのは1902年に精神科学ジャーナル「Journal of Mental Science」に発表されたイギリスの医師、サー・ラウダー・ブラントンによる「幻覚とそれに関連した精神現象」(Hallucinations and allied mental phenomena)だ。

スミソニアン曰く「神経学的な理論と素人人類学」が混ざったブラントンの発表のなかでは、幻覚、てんかん前兆や片頭痛前兆と合わせて、テレパシー、催眠などが取り上げられており、妖精のヴィジョンなどは片頭痛前兆のジグザグ模様(片頭痛前兆に起因する閃輝性暗点のことと思われる)となんらかわりなく、神経中枢への刺激によるものだ、と記している。そんな彼によれば「片頭痛の痛みが耐えられないほど痛いときに時折起こる本能的な欲求は、痛みが和らぐ期待と共に暴力的にその箇所を突く、もしくは、なんらかの手術で痛みが取り除かれることを願うというもの」であり、ブローカの発見した穿頭痕跡のある頭蓋なども当然ながら「片頭痛を外に出したい」という患者の要求から行われた手術だそうだ。

太古の頭蓋骨に残る穿頭痕跡は片頭痛のための手術だ、という特に根拠のない説はここで生まれる事となった。なぜだかブラントンによる穿頭=頭痛の手術説は信じられたようで、1913年には世界的に有名な医師ウイリアム・オスラーによる著書『現代医学の進化』(The Evolutions of Modern Medicine)の中でも古代の穿頭について「てんかん、乳児けいれん、片頭痛と、その他の閉じ込められた悪魔に起因すると考えられる脳の疾患」と記されている。

そこから生まれた「偏頭痛の手術」

1930年代にはブラトンやオスラーの著述、そして同時期に盛んに行われたロボトミー手術もあってか、アメリカで酷い片頭痛持ちの女性の頭蓋に神経外科医ラファエル・ユースタス・セムズ穿頭術が施されたケースが報告されている。

スミソニアンによれば、この患者の頭痛は穿頭後も治らず、それからが4年経過。手術したのとは別の医師アルフレッド・ゴルトマンが、手術で生じた頭蓋のくぼみには血管が集中していることを確認している。ゴルトマンは、穿頭箇所の観測から、片頭痛の発作と共に脳の浮腫を伴う血管拡張が認められ、偏頭痛が引くと共に腫れも引いたと発表している。

今でこそ偏頭痛は神経学的なものであるとされているが、偏頭痛は血管の拡張によるものだという1970年代まで続いた考えの基となったのはこのケースのようだ。

古代の穿頭は何のために?

もちろん、古代に行われてきた穿頭術が偏頭痛の手術ではなかった、と断言するにも証拠はないが、逆に偏頭痛の手術であったとする証拠もないのである。

mental_flossの取材に対しテュレーン大学でペルーの穿頭を調べる人類学教授ジョン・ヴェラーノは、ペルーと南太平洋での穿頭術は、前述したような頭部の怪我を治療し頭蓋骨内の破片を取り除くための非常に実用的な治療として始まったとしている。ヴェラーノは、現代にもアフリカや南太平洋で行われている穿頭術を知る人物で、彼によれば今もこれらの地域で行われるものは、頭部の怪我の治療の他にも頭痛や脳圧を下げるためなどだそうだ。

オスラーの『現代医学の進化』に書かれているように頭蓋内に巣食う悪魔を追い出すためや、てんかんの手術にも用いられたのかは、古代の記述なりそれ以外の証拠が見つからない限りは結論づけることは無理だろう。1万年の昔から行われてきた穿頭の謎が今後の考古学的発見により解き明かされることに期待したい。

Text by Discovery編集部

No, Getting a Hole Drilled in Your Head Was Never a Migraine Cure(Smithsonian)

Trepanation: The History of One of the World’s Oldest Surgeries(MentalFloss)

Discovering trepanation: the contribution of Paul Broca.(NCBI)

Hippocrates, Galen, and the uses of trepanation in the ancient classical world.(NCBI)

The Evolutions of Modern Medicine(Archive.org)

THE MECHANISM OP’ MTQRAINE”(Jacionline)

Top image: The perimeter of the hole in this trepanated Neolithic skull is rounded off by ingrowth of new bony tissue, indicating that the patient survived the operation.(Wikipedia)

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